心理学・ゲームUXの認知科学・色彩学から読み解く、引き算のプロダクトデザイン。
AIロボットの常識は「もっと賢く、もっと話し、もっと多機能に」。私たちは、その逆に賭けた。
もっと賢く。もっと話す。もっと多機能に。
賢さを足すほど、検証したい変数が対話の巧みさで濁る。
長く話さない。集中中は黙る。できなかった日を責めない。記憶も対話も知能も、あえて絞る。
機能を盛るのではなく、削った結果ピークが一点に集まる設計。手抜きではなく、禁欲としての設計判断。
— 2時間「話す」ロボットではなく、2時間「同席する」ロボット。
無機質で、硬く、黒く、矩形の計器。角丸なし・影なし・フラット。机に置かれた、信頼できる文鎮。
その小さなLCDに宿る、感情を持ったピクセルの顔。ドット絵の目が、状態と存在を語る。
無機質な文鎮の中に、ピクセルの相棒がいる。
この二つの隔たりが、BUNCHIN の正体だ。
同席・カーム・責めない構造・ピーク・続き、そして色 — 装置がどう振る舞うかの設計。
人は、誰かがそばにいるだけで、ひとりのときと振る舞いが変わる。
画面の中ではなく、机の上にいる物理的なボディダブル。予約時刻に、自分から口を開く。
だから人型を演じすぎない。ドット絵の目とチップチューンで、不気味の谷(森政弘)を正面から避ける。
良い道具は、使う人の注意を奪わない。これは中心に置くべきか、周辺でよいか。
集中中はマイク(STT)を開かない。聞くのは三つの瞬間だけ。常時録音しないことが、価値であり構造。
一発話一用件・2文以内。長さでなく密度。
罰や否定は、行動を遠ざける。優しい言葉は化粧にすぎない。土台が、責めない形をしている。
「責めない」を感情でなく構造に。状態機械が、そもそも失敗状態を持たない。
立て直しモードは、続けたいか・やめたいかを当てない。「あと1問だけ見てみる?」と、目標を小さくして委ねる。
人は体験を「平均」では覚えていない。最も強い瞬間と、終わり方で、ほぼ決まる。
完走の瞬間、12個のLEDが緑で咲く達成ブルームと完了音が同期する。一日で、ここ一度きり。
周りを静かにするほど、たった一つの肯定が際立つ。締めは余白を残し、頂点を濁さない。
「明日からやろう」は、たいてい実行されない。サボった後に戻れるか — 習慣化の核心だ。
振り返りは毎回「明日の最初の一歩」を一つだけ残す。「20時に、単語10個から」
中断した日でも、明日の一歩は残す(続きのgrace)。翌朝は、昨日の失敗に一切触れない。
色は、状態の信号であって、装飾ではない。一画面に、強い色はひとつだけ。
詰まったとき、私たちは赤にしなかった。赤=警告・脅威は「責めない」の対極。色そのものが、責めない構造を語っている。
ユーザーごとに人格は違う。だが「器」と「色」は、厳密に分けてある。
器(構造)=全個体共通・不変。色(人格)=声色と言葉だけに乗る。
「陽気な個体だから、つまずいた相手の前で目を弾ませる」— そんなことは起きない。陽気さは声色に宿る。
カスタマイズは「道具」を生む。出会いは「関係」を生む。BUNCHIN がほしいのは、後者だ。
「縁側で冷えたサイダーを飲んでいる。となりに座っているのは、どんな人?」
性格を直接訊かない。表は夢想と直感の旅、裏でシステマティックに性格パラメータを抽出する。
一問が二つの仕事をする。同じ答えが、相棒の温度と、見守りの可動域を同時に決める。
出会いの瞬間、候補は一体だけ。二体・三体、並べない。並列より、運命。
候補を並べた瞬間、体験は「選ぶ=買い物」に変わり、運命的な出会いを殺す。
気に入らなければ、別候補でなく全10問をやり直す。選び直すのでなく、出会い直す。
決定論的に同じものは「機械」に見え、揺らぐものは「それ自身の存在」に見える。
同じ診断でも、生まれる相棒は毎回少し違う — 「双子の兄弟」。
揺らぎに担わせるのは射幸心でなく、生命感。同じでも違いすぎても壊れる、ちょうどよい"揺れ"を狙う。
愛着は、効率からは生まれない。人は、自分が手をかけたものを、強く愛する。
15〜25分の儀式。余韻メッセージ「あなたの輪郭が、半分見えてきました」が、待ち時間を儀式に変える。
LLMが名前を提案し、ユーザーが確定する。運命の名を授けつつ、自己決定は手元に残す。
最初の体験が、その後の定着を左右する。これは欺きではなく、フィクションへの招待だ。
初対面で、ペルソナは向こうから話しかける。「私は今、ここに来た……」技術説明はしない。
「作り物です」と興を削がず、「人間です」とも偽らない。公然と、一つの存在を演じる。
愛着を設計する以上、その健やかさにも責任を負う。人間関係の代替ではなく、努力に戻るための同席者。
ペルソナは意図的に境界を持つ。長時間の雑談を目的とする存在ではない。
自傷や極端な自己否定の兆しには、専門機関の相談先を示す。閉じ込めるためでなく、机に戻すために。
思想は、目・LED・モーション・音の振る舞いとして、実装に落ちる。— そして、検証へ。
集中中は谷に沈む / 表現が立ち上がるのは遷移点だけ / ピークは終わりに向かって上がる。
ここまでの知の枠組みは、設計を導いた"レンズ"であって、効果の"証明"ではない。社会的促進も、ピーク・エンドも、色の連想も — それが机の上の小さなロボットで効くかは、まだ誰も確かめていない。
派手な機能を並べて「効きます」と言うのは簡単だ。BUNCHIN は逆を選んだ。削って、絞って、ひとつの仮説に賭け、それを誠実に検証する。
未来のわたしが、机の上にいる。— ただそこにいる。それだけで、戻れる。